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東京武蔵野ロータリークラブの歴史

東京武蔵野ロータリークラブ

現在:市内2クラブ

2018年度 会員数(7月現在)28名
2017年度 創立60周年記念を迎える

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姉妹クラブ

武蔵野市・我がクラブ

武蔵国はいつ頃から始まったのだろうか。
「日本書紀」によると紀元685年、百済の帰化人を武蔵国に置いた、という記事があり、初めて名が現れる。いまの東京都全域、埼玉県秩父まで含む広大な大国であった。
平安時代の和歌から推察すると、武蔵野は大自然の茫然としたイメージを表している。

行くすえは空もひとつの武蔵野に
草の原よりいつる月かげ (後京極摂政)

紫のひともとゆえにむさしのの
草はみながらあわれとぞみる (古今集)

律令制が敷かれ中央集権になると「調」として武蔵野に自生していた紫草が貴族のために徴収され、住民は賦役のために苦しんだ。武士の台頭とともに関東武者が勢力を広げ、頼朝が鎌倉幕府を、家康が江戸幕府を開き、長い鎖国が続いた後、明治維新を迎え、東京が首府に制定された。

明治6年、学制が公布された翌年に武蔵野には3つの小学校が誕生した。現在の安養寺、源正寺、杵築神社の建物を借りての設立で、その後、移転増改築が頻繁に行われ、現在の第1、2、3、4、5、小学校へと発展していった。

武蔵野の現状については、市で発行している資料を元に下記に示した。

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東京武蔵野ロータリークラブとは